臨界点の定量解析とその応用

 

                          長沼伸一郎 (2002.11.19)

 

 

目次

1.臨界点の導出とその結果

2.ツールとしての使い方

3.まず考えられる現実への応用

4.付随的な注意事項について

 

 

 以下に、前回の稿で提出した臨界曲線の数学的な性質について議論していくことにする。特に、系のサイズmが大きくなった時の臨界点の極限値に関する結論は、ある意味において非常に驚くべきものであり、ツールとしての巨大な有用性を予感させるものである。

 

 

1.極限値の導出とその結果

 

臨界点=変曲点の導出

 前回までの数値解析などで、この臨界曲線がS字型のカーブを描くことがすでにわかっている(無論それは解析的にも容易に求められる)。またそのS字カーブは、系のサイズmが大きくなるにつれてだんだんシャープに垂直になっていき、mが十分大きい場合のグラフは、ある1点で階段状に0から1に急激にジャンプする形になっていることも判明した。

 そのためその位置が事実上臨界点と同等の意味を持つことになり、それは臨界曲線ではちょうどS字の中心位置、すなわち変曲点に相当する。それゆえ以下にまず、この臨界曲線を2階微分し、変曲点を求めることにしよう。

          図1

 

 

 まず臨界曲線の式は

                                (1)

 

であるから、その1階微分は

 

                        (2)

 

2階微分は

    (3)

 

 

であり、これがゼロとなる変曲点の値は

 

                                                   (4)

 

である。(計算は容易だが煩瑣なので、詳細は一応別稿に示される予定である。)

 

 

極限値の評価

 さてこの最後の式でm→∞とした時の極限値が何であるかが、一番の関心事であり、それがどこに落ち着くのかは哲学的にも大きな意味をもってくる。

 しかしながらこの式は階乗の大きな値が含まれているため、「スターリングの公式」を用いた評価が必要となる。その前にg(m)を、mが十分大きいとして少しきれいにしておこう。まずmが十分大きいので、相対的に小さくて邪魔な差の部分を落として、とりあえず

 

                       (5)

 

というところまできれいにしておく。そしてここでスターリングの公式

をこのg(m)に代入すると

 

          (6)

 

という形になる。3つの項についてそれぞれm→∞での様子を見てみると、

まず最初の項は、いわば定数のゼロ乗なので

 

 

                                                                         (7)

となり、これは省ける。

 一方最後の項はそのまま計算して

 

                                                            (8)

である。そして残った2番目の項は

 

                                  (9)

 

であるが、mが大きいのでやはり差の−1の部分は落とすことができ、また先ほどの二つの項が共にどのみち単なる定数に行くことがすでにわかっているので、かなり思い切ったところまで単純化できて、それは

 

                   (10)

である。

 したがって最終的な結論は     

 

  で 

                (11)

 

となる。

 つまり系のサイズmが十分大きい場合、臨界点の値はe/mに収束し、グラフ上では臨界点の位置はmが大きくなるほど左に寄っていくということが、まず一応最初の結論としてわかる。

 

 

極限値がe/mに行くことの驚くべき意義

 ところがこの極限値がe/mになったという事実は、よく考えてみると極めて驚くべき意味をもっていることがわかるのである。

 それは、この結果を各1列あたりの具体的な「成分個数」として捉え直すと明白となる。つまりこのe/mという値は率(確率もしくは%)の数字だったわけだが、それを適用すべきm次の作用マトリックスは、当然ながら各要素つまり1列あたりで、縦にm個の成分が並んだものである。

 そして言うまでもないことだが、作用マトリックスの「1列当たりの相互作用成分個数」とは、要するに系を構成する各要素1個あたりが、系の内部で他の要素に及ぼしている相互作用(出力のみ。入力は含まない)の個数を意味している。

 ところが先ほどの値は、その縦1列(m個)の成分の中のe/m(%)だというのだから、この場合、1列当たりではちょうど平均「e個」という値になってしまうことになる。つまり確かにmが大きくなるにつれて、e/m自体はどんどん小さくなるのだが、成分個数で考えると常に「e個」になってしまうというわけである。

            図2

 

 それゆえあらためて結果をまとめると次のようになる。すなわちサイズの十分大きな系では、各要素が系の内部で他に及ぼす相互作用(およびその成分)の平均個数が「e個」より大きければ、系のどこかをいじった時に固有値が変化して系全体が指数関数的に激変する可能性が高く、非常に危険である。

 一方逆に、平均個数がそれより小さい場合、固有値を変化させる可能性が低いため、どこかをいじっても比較的安全である。(この場合、それがe個よりほんの僅かに小さいか大きいかで、確率は極端に0か1かに分かれてくる。)

 つまりこのように、ちょうど「e個」がそのぎりぎりの臨界点に当たって、そこを境に系の相は極端に異なっているということである。

 そして驚くべきは、この最終的な結果の中でmが消えてしまっていることである。要するにとにかく、各列の相互作用成分の平均個数がe=2.718・・・個以内でありさえすればそれでよいというわけであり、それは何と系のサイズに無関係だったのである。

             図3

 

 

 これは実に驚異的なまでにシンプルで美しい結果だと言えるが、それは、ツールとして見た時にも巨大な可能性を予感させるものである。

 とにかく今までは、そもそもそういう条件が何であるかも全く謎であったし、もし仮にうまく発見されたとしても、何十行もある汚ない数式でしか表現できず、到底科学者・技術者全員が日常的に使えるようなツールにはならないと思われていた。

 ところが予想に反して、それが系のサイズに無関係にただ「e個」という一言で表現できる結論として現われてきたとなると、それはもう理系全員の常識として誰でも使えるものとなるであろうし、文系の人間でも天下り式に教えられれば、使うことは十分可能である。

 そしてまた哲学的に見ても、その臨界を引き起こす平均相互作用個数が、系の大きさと無関係にeに定まるという衝撃的な事実の意義は、恐らくいくら強調しても足りないであろう。

 

 

 

2.ツールとしての使い方

 

ツールの運用思想

 ではこれをツールとして使う上での運用思想がどのようなものかを説明しておこう。まず基本的には、これはサイズの大きな系、つまり要素個数mがある程度大きい系で使うツールである。さらにまた、相互作用があまりにも稠密な系での使用は最初から考えられておらず、あくまでもrがある程度小さい系が想定されている。

(それが具体的にどの程度かというと、構成要素mの数が20ぐらいになれば、まあ十分使用できるのではないかと考えられる。実際この場合には、系のr値がe/20より大きいか小さいかということが問題の中心になるので、このときのr=e/20=0.135・・・は「ほどほどに小さい値」と見なすことができるからである。)

 

 むしろツールとして実戦で使う上で、もっと重要になるのは次の点である。ここで、以前の稿で述べた内容を思い出していただきたい。それは「砂漠の集落」についての話であり、そこでは「長いループと短いループ」を分離して扱うことの必要性について述べられていたが、その話がここでもそのまま必要となってくるのである。

 その時の話をざっと復習しておくと、まず砂漠などの社会では一般に相互作用が疎らなので、砂漠全体を回る長いループはできにくいが、現実には各集落内部で短いローカルなループが生まれていることが多い。

 ところがこういう場合、単純に固有値計算を行なうと、それらを中途半端に平均した値が出てきてしまい、むしろそれらを分離して扱わねば、数学的に不具合が起こる場合が多いというのが、その時の結論だった。

 それゆえここでもその方針を採用し、一般に系の中に存在するそのような短いローカルなループに関しては、基本的に人間が把握できているものと仮定して、そのループおよび相互作用成分は、問題からあらかじめ除外しておくというアプローチをとることにする。

             図4

 

 

 現実のことを考えても(これまた以前の稿で述べたことだが)、人間は系やシステムなどを設計する際に、直観的な観察の段階で、すでにそのような短いループ(要素2個か3個の間にできる閉じた関係)に関しては、大体その存在をピックアップすることができている。

 つまりそれらの短いローカルなループを構成する相互作用成分は、確かにいじれば固有値に影響を与えるが、しかしそれらはすでに人間によって十分マークされており、少なくともその成分自体は「うっかりいじる」対象とはなり得ない。

 むしろ問題なのは、意識していない未知の波及効果が、系の中で大きなループを作ってしまう可能性の方である。要するにそのようにマークができておらず、長いループを作るか作らないのかが全くわかっていない相互作用成分の未知の振る舞いこそ、人間にとって最も知りたいことであり、ツールもそれに最も適するように作っておくべきだというわけである。

 

 

ツールとしての使用法

 ではそれらに関する詳細は後述するとして、一足先にツールとしての使い方をまとめておこう。それは基本的に次のようなものとなる。すなわち、

 

・まず系全体の中から、人間が振る舞いを把握している短いローカルなループを残らずマークして、作用マトリックスの中からその成分をひとまず除外する。

 そして残りの相互作用成分の個数が、各構成要素つまり縦1列当たりで平均何個あるかを調べる。その結果、1列当たりの平均個数がe=2.7・・・個以内であれば、その系はどこかをいじっても固有値が変化して指数関数的に激変する可能性は少なく、安全である。

 逆にそれが平均e=2.7・・・個以上であれば、その系を無闇にいじることは、固有値変化による激変を招く恐れがあって非常に危険である。そしてこれは系のサイズおよび構成要素mの個数によらない。

             図5

 

 

ということであり、このようにして、ある系がいじっても安全かそうでないかを、大まかに判定することができるというわけである。

 

 

ツールとしてのメリット

 ところでこれをツールとして見た場合の絶大なメリットとは、データが必ずしも全部出揃わなくても大まかな結論は出すことができるという点である。

 従来、とかくこのような全体論的な問題を解析する際には、連立方程式の条件設定に似て、データが最後の1個まで出揃わないと問題が設定できず、その最後の1個が虫喰いになっていたばかりにまともな結果が求まらないということがよくあった。

 それに対してこの場合、「各成分の平均個数がe=約2.7個」ということの見当さえつけばそれで良いのであり、必ずしも全部を集計しなくても、いくつかのサンプルから平均個数を推定できれば、大まかな結果は求められるのである。

 

 

 またこのツールの場合、系のサイズmに無関係という驚くべき特徴があるため、系のサイズすなわち構成要素の個数が何個であるかを、最初から特に厳密に決めないで調査を行なっても、十分結果を求めることができるのであり、それもまた大きなメリットである。

 しばしば実戦においては、そもそも作用マトリックスの設定段階で、系の構成要素として何と何を採用するかを十分決められず、時にはそれを何個とすべきかさえはっきり決まっていない状態で、何らかの判定を行なわねばならない場合が多いものである。

 しかしこのツールの場合、極端な話、系の構成要素が50個なのか1000個なのかを全然決めないまま話を進めていても、大まかには十分使えるというわけなのであり、これが実戦でどれほど絶大なメリットになるかは、あらためて説明するまでもないだろう。

 これらの特性ゆえ、これは極めて広い層の科学者・技術者・医学者・社会学者にとって、誰でも使える必須の便利なツールになると予想されるわけである。

 

 

短いループの分離について(1)

 ところで、ここで導入した「短いループの分離および除外」ということは、実戦でツールとして使う際にかなり基本となる重要なことなので、以下にあらためてもう少し詳しく述べてみることにする。(この部分は、多少混乱しやすいので、現実にこれを使う立場になった時にじっくり読み直すと良いだろう。)

 この問題をみるために、再び例の砂漠の集落の話に立ち返ってみよう。例えば次の図の場合、ある要素Aから出ている相互作用の糸およびその成分は、集落内部でローカルなループを作る成分が1個と、砂漠の中に出ていって、ループを作るかどうかわからない成分が2個存在している。

 

           図6

 

 

 この場合、前者すなわち集落内部のローカルなループ上の1個は、確かにそれをいじれば集落内部に大きな影響を与えることになる。ただしそれは先ほどの仮定により、集落内部の人間はそれらの短いループの存在を知っていて、それらの振る舞いも把握されている。

 そしてこの場合の関心事はむしろその次の段階であり、要するに集落内部で生まれたその変動が、砂漠の中へ出た後に未知の大きなループに入って、さらにマクロなレベルで増幅されるか否かということが、問題の中心となってくるのである。

 この場合、もし砂漠へ出ていく糸がどれもループを作っていなければ、たとえ集落内部で何か大きな変化が起こって、それがその糸を通じて砂漠へ出ていったとしても、その最終的な影響はたかだか代数的である。

 そうなると、その際に問題になってくる成分は、外の砂漠の2個だけだということになり、そしてもしそれが系全体での平均個数で見てもやはり一様に2個であったとすれば、結局この問題全体が「平均成分個数が2個のこの系では砂漠の中にループは生まれるか」と書き換えられるわけである。

 なお無論、この場合の「2個」はe=2.7・・以下なので、この系は激変を起こしにくく、たとえ各集落でローカルな変動があっても、それは全体ではせいぜい代数的にしか成長しないと判定されることになる。

 

 

短いループの分離について(2)

 また同様の問題としては、砂漠の中を回っているループが途中で集落の一つに入って、その中にあった短いループと重なってしまった場合にはどうするかということがある。

 つまり次の図で砂漠を回るループが、ある集落内部に入った時、そのループが直接接触するのは成分Bなのだが、このとき成分Bが同時に集落内部のローカルなループの一部でもあったとすればどうなのかということである。

 

             図7

 

 

 この場合も、外から来た作用が成分Bの値に影響を与えると、確かにその変動は集落内部でローカルなループに入って指数関数的に拡大してしまい、そこで拡大したその変動がまた砂漠の外へ出ていくことになる。つまり途中の集落自体がちょうど増幅機の役割を果たして、指数関数的変動の源になりかねないわけである。

 しかしこの場合も先ほどと同様に、その集落内部のループは「すでに人間がマーク済みのもの」と見なして、その相互作用成分はやはり問題から除外することとする。

 要するにこの場合も、もし途中に増幅機があっても、全体として巨視的なループが形成されていない場合、増幅機の影響はその後、砂漠の中でせいぜい代数的レベルにしか成長せず、その代数和の感覚で結果を後から個々に修正すればそれですむからである。

 

 実はこういう姿勢は、社会学などでは古くから割合常識的に採用されているのである。例えば国内で何らかの変動が起こって、それがある程度海外と関連していたとしても、それが国際社会の中で大きなループを作って再び国内に戻ってくることがない場合、それは基本的に単なる国内問題の枠で論じられ、その後の海外への影響も、せいぜいその代数和の感覚で別個に処理されている。

 つまりそういう場合には、国内問題と国際問題にある程度分けて論じることが現実的にそれなりに有効なのであり、こうしてみると昔から、こういう局面ではどんなアプローチが有効なのかが、経験的にある程度知られていたのかもしれない。

 ともあれ結論としては、この場合もやはりローカルなループとその相互作用成分をマークしてそれを除去し、残りの相互作用成分個数が平均約2.7個以内に収まっているかを調べればよい。

 

 なお今の例では「集落内部のローカルなループ」は距離的・空間的に近い場所で生まれていたが、無論一般にはそれは空間的距離には無関係である。

 そのため医学の問題などで、各器官を斜め一列に並べた作用マトリックスを書いたときに、その中の2個か3個かの器官が緊密に相互作用してそれだけで閉じたループを作っていた場合、これはやはりローカルなループと見なして、その成分は除外する。

            図8

 

 

 そして同様にそれらを除外した後の相互作用成分の平均個数を数え、それがe個以内にあるかどうかを調べるわけである。

 

 

柔軟な運用の必要性

 ただし無論これらの場合、それらのローカルなループのそれぞれの振る舞いは、結果を人間の側がある程度ちゃんとキープしておいて、全体の結果に代数的にはめこんで反映させることが必要である。

 これは面倒といえば面倒であるが、しかし基本部分が単純であるため、むしろこのように「パーツ」に分離しておいて、後で自由に組み合わせられるようにした方が、考えようによっては便利なのである。

 全般的に言ってこのツールには、人間がその都度、問題に適切な線引きを行ない、高度の常識をもって柔軟に運用することが求められる。しかし逆に言えばその分だけ人間の頭脳が介在できる余地が大きいため、運用さえ巧みであれば、ただ単純にスーパーコンピューターを回すだけの下手なシミュレーションなどでは到底真似のできない、高い認識能力を人間に与える力を秘めているとも言えるのである。

 

 

この柔軟性の威力

 例えばこの「系のサイズによらない」という特性を利用すると、次のような芸当も可能となる。それは、一旦とりあえず系全体で結果を出した後に、さらに系の中に部分系を設定して、中身を人間が自分でもっと詳しく直観的に調べることもできるということである。

 それというのも、その部分系を表現する小さな作用マトリックスにおいても、やはりeを臨界点として、それ自体が内部で指数関数変動を作り出すかどうかを判定できるためである。

 要するに、もし系の内部で非ゼロ成分の分布に濃淡があった場合、いろいろなサイズの部分系をいろいろな場所に自由自在に設定してみることによって、系の内部のどの位置の部分系が一番問題なのか、また部分系のサイズをどのくらいに設定すると問題が最もシャープになるのかなどを、人間が直観的に知ることができるわけでなる。

           図9

 

 

 こんな柔軟な芸当は、スーパーコンピューターなどによる、ただ結果の数値だけをわけもわからず吐き出して来るようなシュミレーションでは到底真似のできないことで、こうしてみるとこれは、このような複雑な非ハーモニック系に関して、人間がその様子を直接自分の頭で「認識」できるツールを初めて手に入れたことを意味すると言っても過言ではないのではあるまいか。

 確かに将来、この問題に関してもっと精緻な手法が登場することはあり得るかもしれないが、しかし単純さという点で、この「系のサイズに無関係にe個」というものを上回る結果が出現するとは、ちょっと考えにくい。

 素人目からすると、精緻で複雑な結果こそ数学的成果の最終的な本命だと錯覚されがちであるが、われわれが日頃使っている教科書をちょっと開けばわかるように、現実に百年単位の時間を生き残れるのは、結局は単純な結果だけなのである。

 そのためこの件に関しても、今後数十年間に登場するかもしれない複雑精緻なツールの多くが、結局はこの単純な結果に立ち返ってきてしまう可能性は高いように思われる。

 

 

 

3.まず考えられる現実への応用

 

(1)遺伝子解析の安全確認

 では具体的な応用としてはどんなものが考えられるだろうか。まあこれが環境問題および生態系の分野での不可欠な数学的ツールになるであろうことは、誰でもまず予想できると思うので、少し別の例を挙げておこう。

 その中でも現在最も緊急性が高いと思われる用途としては、これは例えば遺伝子操作が安全かどうかの数学的な第一次判定基準として、即座に使用可能である。

 つまりこの場合、ひとまず遺伝子全体の構成要素とそれらの相互作用をすべて作用マトリックスの中に書き出す。そして短いループ、すなわち相互の閉じた関連が明らかにわかるようなローカルなループをなす相互作用の部分をマークして、それを除外する。

 そして残ったそれ以外の相互作用成分の個数が1行あたり何個あるかを調べ、その平均個数がe=2.718・・・個を超えているか否かを調べるのである。この場合、もしその平均個数がそれを超えているようであれば、遺伝子操作それ自体が本質的に危険だということが数学的に判定されることになる。

 なおその調査は、先ほども述べたように必ずしも遺伝子の構成要素全てについてくまなく行なう必要はなく、いくつかのサンプルを選んで平均個数を調べるだけでも十分可能である。

 

 とにかく遺伝子操作に関しては、それが危なそうだという話は世の中全体で叫ばれてきたものの、それを数学的に確かな方法で検証するにはどうすれば良いかとなると、皆目見当がつかず、またそれらしき方法があったとしても、よほど単純なものでない限り、何しろ遺伝子の複雑さゆえに、現実には実験・検証が到底不可能な代物とされてしまい、それが人類の生存にかかわる重要な課題であるにもかかわらず、実施はこれまで日程に上ってこなかった。

 しかしテストの基本部分がここまですっきりしたものになるとなれば、話は少々違ってくるわけで、それは容易とまでは言えないにせよ、どうにか現実に手の届くところに来たと見ても良いのではあるまいか。

 

(2)医療問題への適用

 またもう少し身近なところでは、医学の問題への適用などが考えられる。最近では、薬害の連鎖を引き起こす近代西欧医学的アプローチへの不信は著しいものがあるが、そのアプローチが妥当であったか否かの数学的判定も、これを用いて行なうことが可能である。

 すなわち先ほどと同様に、体内の各器官全部をリストアップして作用マトリックスに表現し、そしてやはりローカルに閉じた相互作用を除外して、残りの相互作用成分が平均何個あるかを調べる。

 そして仮にこの場合、各器官のもつ相互作用成分の平均個数が割合に少なくて、e=2.7・・個以内に収まっていることがわかったならば、確かにこれは必ずしも完全分割可能な系=ハーモニック系ではないのだが、しかし非ハーモニック系特有の手に負えないような激変や系の迷走が起こる可能性はかなり低いことになる。

 つまりその場合、還元主義的な手法の欠陥はさほど現われてこないことになり、そのときあらためて、西欧医学的アプローチは本質的に有効で、それを医療思想のメインとして差し支えないということが、数学の立場から立証されたことになる。

 逆にその平均個数が明らかにe=2.7・・個を超えているとすれば、もはや西欧医学的アプローチをメインとすることは望ましくなく、数学レベルの抜本的な思想の見直しが必要になってくるということが、何と数学的に証明されてしまうというわけである。

 なおその際には恐らく、それに引き続いて前述の「部分系の濃淡を調べる」作業が行なわれ、例外的に西洋医学的アプローチを使える部分を探していくということになると思われる。

 

 

 

ツールの使用上の注意

 一般的に言ってこのツールが最大の威力を発揮するのは、とにかく相互作用の状態がどうなっているのかほとんどわかっていないような巨大な系で、その大まかな判断を行なうことが必要な場合であり、その点では遺伝子問題などは最適の対象であると言えるだろう。

 一方ローカルなループが余りにも多いことがすでに判明している系では、やや切れ味は落ちて補完的なツールの意味が強くなり、人間が高度の常識をもって柔軟に運用してこそ、はじめて効果の上がるツールとなる。

 また、「相互作用成分の個数」に関しても、それを観測段階でどこまで細かく拾って数えるかは、やはり大きな問題で、現実の系は純粋数学の世界と違って、あまり小さな相互作用は作用した先で吸収されて、四捨五入の感覚で事実上消えている場合が多く、どこで足切りを行なうかは、問題ごとに判断する必要が出てくるはずである。

 

 

最低限カウントすべき成分

 そしてその「どこまで拾うか」に関する議論は、次のような角度からも問題となってくる。それは、観測の精度を際限なく上げていくと、余りに微弱な相互作用が大量に観測され、それを全部馬鹿正直に数え上げると最初から無条件で臨界個数を超えてしまって、テストが無意味化してしまう場合があるということである。

 そういう際には適当な条件を設けて何らかの足切りを行ない、カウントすべき相互作用の個数をある程度絞り込むことが必要になるが、しかしそれはそれで、調子に乗って足切りをやりすぎると、今度は逆にテストがどこまでも甘くなってしまう恐れがある。

 

 そこで、その足切りがどこまでなら許されるかの限度について一言述べておこう。その一つの指針は、最低限、「ビリヤード効果」が認められる相互作用に関しては、必ず数え上げなければならないということである。

 つまりある要素が作用を受けた時、自分のところで相互作用を吸収してそこで止めてしまったとすれば、ちょうどビリヤードの球の一つが台に接着剤で固定されているようなもので、相互作用の連鎖がそこで途切れる以上、その球に相互作用が及んだこと自体が系全体から見れば無意味化していて、カウントすべき必要性も減じている。

 一方もし相互作用を受けた要素が、自身の変化の影響を再び別のどこかに何らかの形で及ぼしていることが確認されたとすれば、それはもう系全体から見ても、一種の十分条件を満たしていると言えるため、確実に「相互作用1個」とカウントされねばならない。

 つまり「次の次」までが確認できるものに関しては、何があろうと足切りの対象としてはならないということであり、もし観測の結果、あまりにたくさんの微弱な相互作用が出てきて収拾がつかなくなってしまった場合には、それを最低限のラインとして足切りを行なうこともあり得るということである。

 

 しかし無論この足切り条件は少々厳しすぎるため、取りこぼしの危険もそれなりに大きい。大体、直接的に次の相互作用の連鎖の存在を確認できない場合でも、その要素が外からの影響を溜め込んで、ある時点でスイッチを起動させてしまうというようなことも十分考えられるため、本当の有効相互作用成分の個数は、大抵はそれより少し多いはずである。

 一方手間の面でも、本来この方法は、少数のサンプルをランダムに選ぶだけでテストができることがメリットだということになっているのに、その相互作用に関していちいち「次の次」までを確認するとなれば、せっかくの調査の手間も倍加してしまう。

 まあこれはあくまで「最低限のカウント基準」の話なので、恐らく現実のテストはその中間の折衷案か、あるいは相互作用を強度別に何段階かにランク分けし、段階別のオプションを用意するという手法で行なわれることとなろう。

 

 

 

 

4.付随的な注意事項について

 

 さて以上は、結果としては驚異的にシンプルなものにまとまっているが、しかし本来研究対象自体は、手のつけようもないほどややこしいものであるはずだった。それゆえさすがに細部においては、細かい注意点がいろいろ出て来るのはむしろ当然のことだろう。そこで、以下にそのいくつかを論じていくことにする。

 

(1)数値解析との比較

 まず、この結果が現実にはどの程度のサイズから適用できるかに関してであるが、本来この結果は、mが十分大きな系に対して適用されるべきものと、最初から想定されている。しかし近似的に見る限り、mの値がかなり小さい場合でも乖離はそれほどひどくないのである。

 具体的な数値解析の結果を見ても、すでにm=15あたりで、その実際の計算値をe/15と比較してもそれより僅かに小さいだけで、その90%程度の値に入り始めており、m=10の場合でさえ、さほど悪くないことがわかる。

        図10

 

 つまり大体誤差が10%程度に収まれば良いという粗い近似が許されるような局面であれば、このようなmの小さい場合でも、大まかには臨界点はe/mと考えても差し支えないことになる。(大体mが小さい場合には、成分個数全体が少ないためrの値がそんなに精密には求められないのである。)

 それゆえ哲学的には、一律に「一要素あたりe個」と結論しても、まあ問題はないと言えるだろう。

 なお参考のため、逆にmが大きい場合の臨界点に関する数値解析の結果も簡単に示しておく。(ただし膨大な階乗計算を直接行なうことはコンピューターといえども困難で、ここでは計算式自体にスターリングの公式が含まれていることは了承されたい。)

 以下は臨界点g(m)の値に関して、系のサイズmが100、1000、10000、100000の場合について求めたものである。

 

       g(100)       0.02657668・・・

       g(1000)       0.002709116・・・

       g(10000)      0.0002717052・・・

       g(100000)      0.00002718127・・・

 

これをe/mと比較してみると、e=2.718281・・・なので、mが100の場合でe/mのほぼ97.8%の値に収まり、mが大きくなるほど一致してくることがわかる。 (Computer Analysis by F.Ueda)

 

 

(2)ループの長さが少し短い場合の評価

 なお、ここで「長いループ」として考えているものは、必ずしもその全部がm個の成分をくまなく1周するものばかりではなく、それよりやや短いものも含めた一群のことを意味している。

 それゆえ、本来ならループが少し短いことによる誤差が出て来る恐れがあり、それが結果に本当に響かないかどうかを、ここで見ておくことにしよう。

 そしてその問題に限らずもっと一般的に、何らかの理由でループ1本あたりにかかるrの個数や、あるいはループの本数自体が何個か少なくなってしまっている場合にはどうなるかを知るツールを、ここで作っておくことにする。

 つまり具体的には、先ほどの式で単にm−1としていたところを、m−α、およびm−βとしてやって、本来より少なくなってしまった場合の個数の差をこれらの数で表現する。

 そしてこれらのαもβもどのみちmより非常に小さいことには変わりないと仮定した場合、収束値がやはり先ほどと同じe/mに行くとすれば、rの個数やループの本数がたかだか数個違っていたとしても、結果に何ら影響ないわけことがわかるわけである。

 そこで最初の式を

                       (12)

 

としてやって、同様のことを行なってやると、

 

    (13)

 

で変曲点は

 

                         (14)

 

である。

 そしてここでm−α m−β mが言えると仮定して同様に評価すると、この場合もやはり極限値はe/mに行くことがわかる。

 それゆえ結論としては、「長いループ」の実体が、必ずしも全部のループがm個の成分すべてを回るものばかりではなく、それよりやや短いものを含めた集合体であったとしても、極限値そのものは変わらずe/mになるだろうということがわかる。

 

 

(3)短いループへの回帰確率

 そしてこの結果を使うとうまく処理できる問題点の一つについて見てみよう。先ほど、砂漠の集落の例でローカルな短いループを分離して扱った際に、結局のところこの場合には、砂漠に出ていった長いループがこの集落に戻って来るか否かが問題となるのだという議論になっていた。

 ところがこの場合、ちょっとした問題が生じて、その扱いに悩むことになるのである。例えば次の図で、要素AとBが集落内部でローカルなループを作っており、その一方で、要素Aからの相互作用の糸が1本、砂漠の中へ出ていて、その長いループが戻って来るかどうかが問題になっているとしよう。

           図11

 

 

 ところがこの場合、戻ってきたその長いループの先端は、この短いループのどこかに接触しさえすれば、とにかく要素Aにまで戻ってきて完結することになる。

 つまり通常なら、その先端は最終的にAにまで戻ってくることが確認されないとループは完結しないが、この場合には直接Aにまで戻ってこずとも、とにかくBまで戻ってくれば、次のステップで必ずAにまで戻ることになり、ループを作れる確率は若干大きくなっている理屈である。

 そして、系の中にある短いループの全部でそういうことが起こるとなると、下手をすれば確率計算はずいぶんややこしいことになりかねない。

 

 ところが先ほどの結果を用いると、この話はかなり簡単にできるのである。つまりこの場合、ループがBに戻ってくれば、次の最後のステップの確率は1と決まっている理屈なのだが、ここで多少過大評価になっても良いから、Bに戻ってきた場合に限らず全ての場合で、とにかく最後のステップの確率が無条件に1であると仮定してしまうのである。

 つまり通常なら例えばループが系のm個の要素を回ると、計算の中で非ゼロ率rがm回かかるのだが、ここでその最後の1個の値がrではなく必ず1だとしてしまうわけで、要するにループ1本あたりでかかってくるrの個数が、1個減るものとして計算すればそれで良い。そしてここで先ほどの式が使えるわけである。

 

 まあこれはやや過大評価なので、実際の値はその中間にあるはずなのだが、しかしその両側のいずれもがe/mに収束するので、結局この問題を考慮しても結果そのものはほとんど変わらないということがわかる。

 なお今の議論では、「短いループ」として要素2個を回るものを想定したが、もう一段サイズが大きくて要素3個を回るループの場合は、かかってくるrの個数をもう1個減らせば良いだけで、やはり結果は変わらない。このように、短いループの存在によって生じて来る計算上の問題のかなり多くを、この式を用いて処理できるのである。

 

 

(4)その他の注意事項

 その他の注意点についても述べておくと、ここでの議論は、あくまでも系の内部に余りにも大きすぎるスイッチ演算子が存在しない場合が想定されている。

 つまりそういう特殊な場合には、その特大のスイッチ演算子1個がオンになってしまっただけで、その効果が通常の固有値変化による効果を上回ってしまうことが考えられるからである。

 そしてその場合、そのスイッチ演算子を起動させる相互作用の糸は、特にループを作っていなくても、系には巨大な変化が引き起こされる可能性があり、その際にはここでの確率計算は意味をもたなくなる。

 つまり現在想定している系は、内部にスイッチ演算子は存在していても差し支えないが、ただしそれらはいずれも小粒で、1個あたりがオンになった時の効果はさほど大きくなく、それが系全体を激変させるにはいずれにせよ指数関数的ループの助けを借りねばならないということが想定されている。(そうしたことに関しては、後に別稿であらためて論じることにする。)

 

 またもう一つ残っている問題としては、以前にも述べたことがあるが、ここでは各ループの非ゼロ率を独立事象として扱っており、それを厳密に計算するとどうなるかということがある。

 まあ予想としては、この件はさほど大きく結果に響いてこないものと思われるが、ただ最終的にはいずれどこかで確認しておくことが必要となろう。

 

 

(5)スターリングの公式とe

 ところで、話がやや前後するが、この結果に唐突に自然対数eなどというものが出てきたということを、やや奇異に感じた読者もあるかもしれない。

 無論それは、この計算過程を見ればわかるように、階乗の極限評価にスターリングの公式を使っているからである。まあこれが数学の神秘というものだと思えばそれで良いのかもしれないが、さらにもう一段突っ込んで、なぜスターリングの公式による階乗の評価にeが出て来るのかを問いたい読者は、次のことを知識として覚えておくとよい。(スターリングの公式は、良く知られている割に、その導出は天下り式に与えられることが多い。また、臨界曲線というツールの多くの分野への広い応用範囲を考えると、読者の中には数学にさほど詳しくない人も含まれて来るようになると思うので、ここで補っておきたい。)

 

 以下は知識として覚えておくだけで良いので、細部を理解する必要はないが、もともとスターリングの公式はいわゆる「ガンマ関数」から導出されたものである。

 そしてこのガンマ関数というものは、定義などは後回しにしてここで本質となる部分を先に述べると、この関数は次の注目すべき性質をもっている。それは

   (15)

というものである。

 この式はzを1つ下げてz−1の式にしてみると

  (16)

となる。

 そしてこれをどんどん下げた式を求めると、それぞれは前の式に代入できる。そしてその入れ子式に行なわれる代入の過程で、(z−2)、(z−3)、・・・という項が次々に外に出てきてそれが全部掛け合わされ、それがzの階乗になるわけである。

 そして最後にΓ(1)というところまで行き着くが、この値が1なので、結局階乗の部分だけが残るということになるのである。

 

 そうなると、このような性質を持っている関数はどんな形で表現されることになるかということが次の問題だが、それは無限乗積あるいは積分の形で表現され、無限乗積の形では

    (17)

 

積分の形では

       (18)

 

となり、どちらの表現の中にもeが含まれている。まあもともとガンマ関数というもの自体が、階乗関数の一般化という色彩を帯びているのだが、ともあれこのガンマ関数のeが、巡り巡って臨界曲線の中に出て来るのだと思えば、ほぼ間違いないのである。

 

 

 なお、問題全体が根本的に非線形の場合の数学的解釈や取り扱いなどの詳細に関しては、次回以降に述べることとする。

 

 

S,Naganuma,Rep.Path Find.Phys.,Vol.1,pp.35-53(2002)