【月刊エヴァ 創刊2号より抜粋】


生き方発見シリーズ「一所懸命」〜一隅を照らす人々〜

 「母に対して、小学校3年生の時の自分を調べました。夏の暑い盛り、父母と一緒に田の草取りをしているときのことでした。汗をだらだら流しながら父は仕事をしていました。ところがなぜか母は畦で休んでいました。私は母をなじりました。『お父さんだけ働かせて、自分は木陰で休んでいてずるいよ』母は悲しい顔をして黙っていました。ところが翌年、母は3人の幼児を残して37歳の若さで死んでしまったのです。母の死因は、心臓病、胃腸病、脚気、それに栄養失調でした。幼い3人の子供達を養うために、自分の食べ物を私たちに与えて、ついに栄養失調になったのです。母の死は、幼い私の命との引き替えだったのです。それなのに私は…。小学校6年生頃になると立て続けに不幸が襲いました。大黒柱の父が脳溢血で倒れ、祖母は過労の果てにリウマチを患い、頼みの兄は兵隊にとられ、幼い弟と妹が残されました。子供の身で一町歩の田畑を耕し、父や祖母、弟妹の面倒を見なければいけない。想像を超える重労働でした。しかも私も病弱でした。病気になる度に私を捨てて早く亡くなってしまった母を恨みました。社会人になると、農業、土工、鉱夫、鳶職と、次々と職を変えました。経済的に失敗すると、母がいないからだと母のせいにしていました。でもそうではなかった…〈中略〉」

 気づいたとき、数十年間抑圧していた何かが消え、堰を切ったように涙があふれ出た。私は、何度も何度も頭を畳に擦りつけて謝罪した。嗚咽が止まり、涙が涸れた後、言いしれぬ喜びがわき上がった。真綿でくるまれているかのように、懐かしい母の愛を感じ、全身が軽くなった。私はいつしか静かに合掌していた。すると、三十年間痛み続けた右肩の疼痛が消えた。右肩の疼痛は、母に抱いていた恨みが凝り固まったものだったのだ。−〈後略〉−


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